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2024.08.30

【開催レポート】AI自動同時通訳技術の現状と今後


JCSは、登録フリーランス通訳者を対象に、通訳者の皆様のキャリアアップの一助となるような自社主催セミナーを随時実施しております。
2024年8月10日(土)に「AI自動同時通訳技術の現状と今後」をZoomにて開催いたしました。

近年、AI技術はあらゆる分野に導入され、その進化のスピードは驚異的なものとなっています。通訳もそのうちの一つであり、AIを使用した同時通訳技術は急速な進化を遂げ、少しずつ実用化され始めています。通訳業界に新たな可能性を提供し得るAI自動同時通訳技術は、多くの通訳者の方々にとって関心の高いトピックの一つでしょう。

そこで、本セミナーの第一部では、機械翻訳の研究開発をリードする、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の内山将夫様を講師としてお迎えし、「自動同時通訳の概要と今後の展開」についてお話いただきました。
第二部では、一部に引き続き内山様、そして長年会議通訳者として第一線で活躍されている鶴田知佳子様をお迎えし、人間の通訳者の価値、AIとの棲み分け・共存などについて、弊社の会議通訳部部長がお二人にお話をお伺いしました。

当日ご都合がつかなかった方向けに期間限定のアーカイブ配信も実施をし、合計で約400名の方に参加・視聴いただきました。

講師・パネリスト紹介

内山 将夫(うちやま まさお)氏
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)
先進的音声翻訳研究開発推進センター先進的翻訳技術研究室 室長
日本語に関する世界最高精度の自動翻訳エンジンの構築と、その普及に向けた研究開発に従事。

鶴田 知佳子(つるた ちかこ)氏
東京外国語大学名誉教授。会議通訳者、放送通訳者。「日本の英語を考える会」会長。
大学、大学院などで長年、後進の育成にもあたっている。

当日のプログラム

第一部(40分) 講演「自動同時通訳の概要と今後の展開」
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)内山将夫様
第二部(40分) パネルディスカッション
NICT 内山将夫様、会議通訳者 鶴田知佳子様、JCS会議通訳部部長

第一部:講演「自動同時通訳の概要と今後の展開」

機械翻訳の研究開発をリードする、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の内山将夫様を講師としてお迎えし、「自動同時通訳の概要と今後の展開」についてお話いただきました。

自動同時通訳は機械翻訳の性能向上と音声認識技術の進歩によって実現された技術です。機械翻訳の研究の歴史は1950年代にまで遡るそうです。半世紀以上の研究開発を経て一般に普及されるようになりましたが、特に近年での性能向上は著しく、金融、法律、製薬など特定の分野に特化した高精度なAI翻訳サービスや、多言語翻訳技術を活用した多様な音声翻訳端末が実用化されています。さらに、スピーカーの発話の途中からでも訳出を始められる製品やサービスも出てきています。

自動同時通訳を実現するために必要な主な要素は、「音声認識の精度」「翻訳の精度」「翻訳表現の流暢さ」となりますが、うち音声認識の精度は、集音環境にはよるものの、人間と同等レベルで可能とのことです。現在は翻訳の精度・流暢さをより良くするために、音声認識をした文章を短い単位(チャンク)に区切り、過去の翻訳結果や原文を参考に訳すということを研究されているそうです。「スピーカーが話している文章を適切なチャンクに区切って理解する」「蓄積した情報や知識を参考に訳出を行う」、これらは同時通訳中の通訳者が頭の中で瞬時に処理していることと同じでしょう。スピーカーの発話を聴きながら訳を考え、訳出しながら次のチャンクを聴くという複数のタスクを同時に行う同時通訳は、まさに職人技といえます。

本講演では、自動同時通訳のデモや、2025年の大阪万博における活用例などにも触れ、いよいよAIが通訳業界に新たな可能性を提供し得る時代が近い、とますます関心が高くなった方も多いのではと思います。講演の最後に内山様は「AIは実際の発話を通訳するが、人間の通訳者は実際の発話を超えて、話者が言いたいことを通訳する能力がある。このような能力差により、活躍する場面に自然と棲み分けが起きるだろう。」と今後の社会実装の展望を述べられました。

第二部:パネルディスカッション

第一部に引き続き内山様と、長年会議通訳者として第一線で活躍されている鶴田知佳子様をお迎えし、弊社の会議通訳部部長を交えて対談形式でお話いただきました。

ディスカッショントピック ・自動同時通訳技術の課題と可能性
・AIとの共存について
・人間の通訳者の価値
・AIと人間の通訳者の棲み分け

ディスカッションの中で、鶴田様より「通訳者と機械翻訳の幸せな共存」として、AIの活用法について、いくつかのアイデアをご提示いただきました。鶴田様は「通訳者は『高度知識集約型情報処理サービス業』で、自分がトピックに対し意見を言えるほどまでになったら、通訳者の事前準備は十分といえる」とお話されていました。このように、通訳者は案件毎にたくさんの資料を読み込み、通訳のための準備を行います。その準備段階で、例えば資料を機械翻訳にかけて内容を要約させたり、単語リストを作成させたりすることにより、準備をより効率的にできるということです。

客観的な事実、データ、数字に関する通訳はAIが得意とするところであり、技量面においては今後ますます発達していくことは確かでしょう。しかし、その場の空気や話者の気持ちを汲み取り、聞き手のことも考えて伝える通訳は、学習ベースであるAIには難しく、性能向上には上限があるだろうと内山様がお話されていました。また、通訳を利用するクライアントは、基本的には訳出そのものに対する評価を行うことが難しい場合が多く、そうした場合、通訳者に対する信頼・実績・ブランドを含めて「良い通訳」と判断されるのではないかと思います。このような点を鑑みた際に、果たしてクライアントはAIを信頼してくれるのか、という点も今後の普及の仕方に影響するだろうとのことです(NICTをはじめとした自動翻訳エンジンは、翻訳結果については保証しないと明記しているケースが多いようです)。

セミナーの様子

セミナー開催にあたり実施した「AI自動同時通訳の普及について」に関する事前アンケートでは、約120名の方が「将来AIに通訳の仕事を奪われないか不安がある」と回答し、AIの普及を脅威と感じている方が多い印象でした。しかし、セミナー終了後のアンケートでは、この人数が24名にまで減り、パネルディスカッションのトピックでもあった「人間の通訳者だからこそ提供できる価値」や「AIとの共存」について考えるきっかけになったという感想が多数寄せられました。

事前アンケート 「AI自動同時通訳の普及について、ご自身の考えに近いものを選択してください。(複数選択可)」

  • セミナー事前アンケート/申込者対象(2024年7月実施)結果 セミナー事前アンケート/申込者対象(2024年7月実施)結果

セミナー受講後のご感想に近いものを教えてください。(複数回答可)

  • セミナー終了後満足度アンケート/当日参加およびアーカイブ視聴者対象(2024年8・9月実施)結果 セミナー終了後満足度アンケート/当日参加およびアーカイブ視聴者対象(2024年8・9月実施)結果

ディスカッションは「AIと人間の通訳者の棲み分け」のトピックで締めくくられました。まず、AIはこれまで通訳者の数が限られていたアジア言語や、相互に片言の英語で打ち合わせをしていた場面などで利用されていくようになるのではとのことでした。一方でコミュニティ通訳、法廷通訳、政治やビジネス等の交渉など、相手の出方を見ながら話が展開していく場でコミュニケーションを成立させるためには、単なる言葉の置き換えではなく、非言語コミュニケーションまで汲み取った通訳ができる、人間の通訳者の強みが大きく発揮されることとなりそうです。また、AIの普及をきっかけに、今まで通訳が使われていなかった場面でより広く通訳の価値を届けることができ、通訳者の仕事の機会を増やす可能性もあるのではとの見方もありました。

私たち通訳エージェントとしても、AIと人間の通訳者それぞれの強みを理解した上で、人間の通訳者だからこそ提供できる価値は何かを考え、クライアントニーズを過不足なく果たす通訳サービスの提供をしてきたいと改めて強く感じた内容でした。

参加者の満足度も高く、終了後アンケートでは95%の方に「とてもよかった・よかった」と回答いただきました。

参加者の満足度アンケート

セミナー全体の評価

参加者の声

  • AIを使用した通訳の現状と今後の展開について良い情報を得ることができて有意義でした。

    AI通訳研究の第一人者の先生と経験豊富な現役通訳者様の両方の観点から話を聞くことができ、理解がより深まりました。

    とても刺激的かつ示唆に富む素晴らしい内容で、より価値あるサービスを提供したいと自己研鑽の動機付けとなるセミナーでした。

    クライアントニーズを過不足なく満たしているのかを常に考え、世界の技術進歩には感応度を上げて、コツコツと技術に磨きをかけて日々勉強を続けていけば良い、とAIの台頭を大きな安心感に変えて頂いたセミナーでした。

    AIを脅威として考えるのではなく、便利なものは、準備や現場でどんどん取り入れて効率を上げていくというお話に特に共感しました。

    人とAIが補い合い、優位な点を利用しながら共存していく時代に突入したのだと、改めて実感しました。

    聞き手が人である以上、人の心に届く通訳を目指したいと改めて思います。その点ではAI自動通訳と人間の通訳者が提供できる価値は別のものであろうと思いました。

    昨今の技術発展で今後のキャリアプランにあまり希望が持てていなかったのですが、「通訳者と機械翻訳の幸せな共存」の可能性を示して頂き少し安心しました。

    AIと共存ができると思う一方で、仕事を奪われることへの不安は常にあります。その中でこのような情報を共有する場があることはとても大切だと感じました。

終わりに

いただいたご意見を参考に、JCSでは今後も登録フリーランス通訳者の皆様のお役に立てるセミナーや研修を企画・実施してまいります。

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