コラム

2018.06.09

TIリテラシーのコラム第7弾「Localization (L10N): Surviving in the Globalized World」


「TI(翻訳通訳)リテラシーから探る真の国際競争力」にスポットを当てたコラム企画の第7弾です。
グローバリゼーションが進む中、国際化と地域化という異なるアプローチの必要性により、ローカリゼーションが重要視されています。ローカリゼーションはKeiran J. Dunneによる“Perspectives on Localization”では、「あるロケール(地理的地域・言語・文化により規定されるもの)で開発されたデジタルコンテンツや製品を、別のロケールで販売・使用するために適合させるプロセス」と定義されています。

簡単に言えば、「その地域に適したマーケティング調査を行い、製品をその地域に合わせて改良したり、販売方法を変える事」です。例えば、日清のカップ焼きそばは、日本では「お湯を入れて3分待ってから湯切り」をします。一方、アメリカでは電子レンジを多用するため「水を入れてレンジで温めて出来上がり」です。この時、ソースと水を同時に入れるので、日本人からすると違和感があります。このように、同じ商品でも国・地域に合わせて販売方法が異なります。

Why Localization?

日本にいると、いろんな国・地域の料理を食べる事ができます。しかし、多くの場合、日本人好みにアレンジされた中国料理やイタリア料理等が提供されます。これも、ある種のローカリゼーションです。逆に考えると、お寿司はニューヨークでもパリでもシドニーでも食べる事ができます。しかし、海外で食べるお寿司はカリフォルニアロールのように、現地の人が好むアレンジを加えられている事が多いです。

彼らのゴールは「本物」を提供する事ではなく、より「現地化する」事なのかもしれません。ローカリゼーションの結果、イノベーションにより新たな「製品」が生まれる事もあるのです。ここで考えたいのは、何故ローカリゼーションが必要なのかという事です。例えば日本企業が日本だけでなく、欧米でも何かを売りたいという時、その国・地域特有の嗜好に合わせなければ、製品が受け入れられない可能性があります。また、日本にある多国籍料理のレストランや、海外にある日本食レストランの場合も同じです。ローカリゼーションの実践は、より集客できる方法へとつながり、ビジネスチャンスでもあるのです。

Incorrect Localization

ローカリゼーションというのは正しい異文化理解と試行錯誤によってようやく成り立つものです。容易にできるというよりは、むしろ大企業でも苦戦しているケースが多いのではないでしょうか。

2012年10月、CNN Inside the Middle Eastの記事に“No women in IKEA Saudi catalogues”というものがありました。内容は、IKEAがサウジアラビアのカタログで、写真の中に登場する女性を削除したというものでした。サウジアラビアでは雑誌の中でも女性の肌が見えている事が好まれないという事情があります。

IKEAの場合、写真に写っていた女性を削除する事で、ローカリゼーションに対応したと考えられています。そのため、スウェーデンのカタログでは写っていた女性が、サウジアラビアのカタログでは消えていました。この事が波紋を呼び、後にIKEAが謝罪した事が報道されました。詳細にご興味のある方は、CNNの日本語サイトでもご覧になれますので、下記URLをご参照ください。

Today’s Localization

ローカリゼーションという行為は貿易や布教活動で何世紀も前から行われていました。しかし、これらは今日のローカリゼーションとは少し意味が異なります。また、LocalizationということばがLで始まりNで終わり、その間に10のアルファベットがあるため、L10Nという表記方法もあります。現代のL10Nを理解するためには、コンテンツの多くが紙媒体ではなくデジタル素材へシフトした点が重要となります。

1980年代半ば、マイクロソフト等の大手ソフトウェア企業は、ワードやエクセル等の製品の市場拡大を目指していました。もし、マイクロソフトのローカリゼーションがなければ、我々が業務で日々使用するワードやエクセルも、英語のインストラクションで使用しなければいけなかったでしょう。

ソフトウェアというのは、バージョンが変わったものが次々と発売されます。その中で、大量の翻訳が発生する中、一から十までやりなおしていたら、毎回膨大な翻訳作業が発生します。そのため、翻訳メモリ(既存翻訳の保存と管理)というものがあります。これにより、同じことばが使用されていれば、毎回こう訳すといった事が可能となります。 

また、このような膨大な翻訳に対応するため、今日では機械翻訳との共同作業は欠かせないものとなっています。機械翻訳についてはまた別の記事で説明しますが、人間が行う翻訳か機械翻訳かを選ぶのではなく、機械翻訳と共存する事を考えていかなければ、今後の翻訳市場に対応する事は不可能となります。

Translation in Consideration of Localization

ローカリゼーションを考えると、翻訳もただ単に言語を変えるだけでは不十分である事が想像いただけるかと思います。ティファニーのウェブサイトを見てみると、商品の写真がたくさん掲載されています。よく見てみると、写真のそばには「おねだり」と書かれていて、クリックすると、自分と相手の名前とメールアドレスを入力する画面が出てきます。そして、下記のメッセージが表示されます。

「●●様 ▲▲さんは、こちらをとてもお気に入りのようです。そのことをあなたにお知らせしたくて、ティファニーからちょっとしたプレゼントのアイデアをお届け。」

おそらく、入力した相手のメールアドレスにこのメッセージが送られるのでしょう。(ちなみに私はこのシステムに違和感があるので、利用した事はありません。)海外ドラマのゴシップガールの中でも、ブランド名は異なりましたが、同じような話が出ていたので、このシステムをご存知の方もいらっしゃるかと思います。ローカリゼーションを行って他言語サイトを作成する場合、英語が起点言語となる事が多いので、この場合もそうだと推測します。

さて、英語サイトでこの「おねだり」の表記は“Drop A Hint”です。“Drop A Hint”の意味は、「ほのめかす」です。「おねだり」という日本語が良いかどうかはさておき、「暗示」等の辞書に載っていることばではなく、ローカリゼーションを考えた結果なのだと思います。

また、英語で表示されるメッセージは、下記のものです。
“Dear ●●, Apparently ▲▲ has been daydreaming about this and we thought you’d definitely want to know. A hint from your friends at Tiffany.”

“daydream”は「空想する」という意味ですが、辞書通り「▲▲さんが空想にふけっているようです。」としても効果が無いので、こちらもローカリゼーションを考えて日本語に翻訳されたのだと思います。

この例から見ても、翻訳というのは一つ一つの単語の意味を辞書で調べて置き換えれば良いという単純な作業ではありません。何かの日本語版と英語版を作成するといった時に、ローカリゼーションまで考えられなければ、多言語対応は意味を成さなくなります。

What Can We Learn?

これまで、言語が異なる場合のローカリゼーションについて述べてきました。しかし、ローカリゼーションということばの意味を考えると、たとえ同じ言語であっても、ローカリゼーションが必要である事象があると思います。日本国内でも、地域によってストラテジーを変えなければいけないという事は、多くの方々が経験されているでしょう。大事なことは、誰をターゲットにするのかを理解した上で、ターゲットとなる人達への的確なマーケティングを行う事です。そして、そのマーケティングの結果、ローカリゼーションを実践する必要があります。

ローカリゼーションはいまや当たり前の事となっていて、正しいローカリゼーションができなければ、時代の波に乗り遅れてしまいます。さらには、多くの企業がグローバリゼーションに対応するべくローカリゼーションを行う中で、正しいローカリゼーションを行っていても、市場競争で敗れる事もあります。グローバル人材の要素として挙げられている言語能力や異文化理解という能力は、それを習得して終わりではありません。

それらの能力を使って、いかにグローバリゼーションの世界で生き残れる戦略を考えられるかが、今の日本には必要なのです。グローバリゼーションという国際競争の中で、いかにローカリゼーションを行うのかが、国際競争力につながるのだと思います。

Next

次回は、Advertisementについてです。「広告における英語」は、単にことばを翻訳するだけでは意味を成さない事が多々あります。多言語対応の需要が高まる今、広告における多言語対応の注意点を考えたいと思います。

References

モナ・ベイカー、ガブリエラ・サルダーニャ( 2013)『 翻訳研究のキーワード』(伊原紀子・田辺希久子訳)研究社
CNN(2012)No women in IKEA Saudi catalogues CNN Inside the Middle East
Keiran J. Dunne(2006)Perspectives on Localization John Benjamins Publishing Company
東川静香(2017)『 国際会議運営業界におけるTIリテラシー教育』修士論文 関西大学

東川 静香

日本コンベンションサービス株式会社
MICE都市研究所 研究員
2008年より、同社にて国際会議運営における海外担当に従事。2017年、関西大学大学院外国語教育学研究科博士課程 前期課程通訳翻訳領域において修士号(外国語教育学)取得。
所属学会:日本通訳翻訳学会 会員

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